9月9日「重陽の節句」でした。
古来より邪気を払い長寿を願う日。
この日までとっておいた菊琥珀、有り難くいただきました🙏🌼

今回は小皿にとるけれど、ほんとうは須臾袋を塗った干菓子盆に並べると情趣がありますよね。
和紙に須臾袋を描いたのに乗せてもいいなあ💕

菊琥珀の久しぶりの味わいに、毎年重陽の節句に必ず袖を通していた菊柄の秋単衣を思い出して。
和装も四柱推命も季節感重視。
自然と共にある日本人の感性が息づいてる、と改めて思いました。
(菊柄の小紋の方は、仕立てが狂うほど着古してしまったため昨年泣く泣く処分したのですが、思い入れはずっと残り続ける)
春夏秋冬の移ろいに応じて着物もだけど食も設えも変え、季節による五行の盛衰を命式から読み取ったりする文化や思想。
自然と調和しながら生きる、日本人の精神の表れだったのにね。
現代の日常は、照明などの人口の灯りや冷暖房完備、冷凍技術・流通の発達によって一年中ほぼ同じものを食べることができる……など昔に比べると大変快適なのですが、それと引き換えに、自然を身体で感じる機会が減り、“季節感”という感性も薄れちゃいました。
まぁ、逆に、例えば玄関先や床の間(今ある家が少ない!)に季節の草花をいけたり、年中行事に合わせた設えを施したりするのは、忙しい日々の中でも自然とのつながりを取り戻す手立てになるのかもしれません。
四柱推命はといえば。
五行も季節感も実在するものではないのです。
春は生きものの生命力が芽吹くように「木」が伸び、夏は活動力の「火」が燃え盛り、成熟や収穫・整理の時が「金」なりで、冬は静寂や内省の「水」として力を静かに蓄える。それぞれの季節の変わり目には調整と転換点である「土」が配される……といったように自然界の現象やリズムを象徴として捉えた概念みたいなもの。
暮らしに直結というよりかはその人それぞれの内なる季節といえるでしょう。
今、これをしたためている港区東京では9月を過ぎても30℃越えの日々が続き、冷房なしでは命に関わる暑さです🗼
これはもはや日本人が自然と共生できていた頃の感覚では太刀打ちできぬ。
新しい共生感覚が必要。
気候が厳しいものになっているからこそ内なる季節は穏やかに保ちたい。むむむ。

そうそう、9月8日は月蝕でした。深夜の現象、ご覧になったでしょうか?
最近のわたしは金土日が麻布十番 燦伍さん、月曜は東京タワー、合間にお電話での鑑定と原稿執筆で。時間があれば眠るべきで、月蝕を見る体力を残せませんでした💦
ネットで様々な月蝕の写真を見て楽しみましたよ。
魚座の15度で起った月蝕(満月)。
わたしの水星(ASC双子座・5ハウス乙女座)は11ハウスの魚座16度にあり、ドラゴンに呑まれました〜🐉✨✨
“呑まれる”のはドラゴンヘッド側での満月だからです。
そうね〜
才能や技術を集団の利益のために振舞う機会に恵まれる一方、個の喜びを諦めざるを得ない期間が訪れる……でしょうか。
これね、時間があったら皆さまのことも書きたい。
月蝕よりかは日蝕の方が今後半年間の暮らしに活かしやすいかもなのですが、もうもうほんとうに時間がなくて書けぬ。
すみません。
あとね、9月1日に逆行中の土星が魚座に戻ってきたじゃないですか。
そのお話も書きたい!
実は9月4日に抜歯しました。長年の食いしばりの末、歯が割れていたことが判明。「長年」も「歯」も土星マターですよ(笑)。
そして何より今は、土星の象徴のうちの一つ「時の経過」について考えさせられています。
・もしも見込み通りいかないことがあるなら、それが実るにはまだまだ時至らずで。当初の見込みをはるかに超える量の時間が(鍛錬が)必要だと認めなくてはならないのだと思います。あるいは、これ以上時間をかけるだけのリソースがあるかどうか検討せよという兆し。
・時が満ちていよいよ選択の余地がなくなってきたこと、ありませんか?
・時は有限だと痛感。経年変化はもちろん、あと何回この夏帯を締められるかなあ、なんて。
いやもうほんとうにブログ書く時間が欲しいわ!
ともあれ
涼しい街にお住まいの方も、残暑厳しいところにお住まいの方も、お体にお気をつけて。
どうぞ良き秋をお過ごしください。また〜🎀
posted by 占い師・羽妙(うたえ) at 21:41
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東京おにぎり生活(近況)
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